「なぜ、シンガポールなのですか?」あるいは「なぜ、アジアなのですか?」

先日、CHESの「シンガポール親子短期留学」について、ある有名女性誌のライターの方から取材依頼を頂きました。すでに前回のBlogでも少しふれましたが、CHESへの直接取材ではなく(残念!)、実際にシンガポールの親子短期留学を体験した方々のナマの声を取材させて頂きたいので、ご紹介くださいという趣旨でした。

取材の趣旨について説明していただく際、ライターの方から幾度となくお聞きしたしたのが、「なぜ、シンガポールなのですか?」あるいは「なぜ、アジアなのですか?」というご質問でした。

  • なぜ、いわゆる“White people”ではなく“Asian”?

実は、この質問、2006年末にCHESのホリデー・クラスを最初に開催して以来、幾度となくお聞きしてきた質問なのです。CHESでは、ホリデー・クラスでもウィークリー・クラスでも、シンガポールをはじめアジア出身のバイリンガル教育先進国で活躍してきた先生方ばかり。そして、親子留学先としてご紹介しているのもシンガポールというアジアの一国。

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こうしてお聞きするたびに、この質問の影には、おそらく「英語を学ぶには、アメリカ・カナダ・イギリスが当たり前で、場合によってはオーストラリア・ニュージーランドというような白人英語圏まででしょう」という感覚があるのかなぁと、私なりに推測してきました。つまり、「英語」の学校なのに、なぜ、いわゆる“White people”ではなく“Asian”?

「英語」と「アジア」の間にあるこの微妙な「溝」のような「感覚」について、いい機会なので少しまとめておきたいと思います。

実は、この「感覚」、CHESを設立しようと考えたきっかけでもあります。ただし、これからお話しする内容は、私が育児を通してこれまで「英語」と付き合うなか、実際の体験から感じてきたあくまでも個人的な「感覚」です。いわば、独り言(汗)のようなものです。

一般論としてお伝えしたいと考えているのではなく、これから育児を通して「英語」と付き合う多くのママやパパの一助になるのであれば幸いと考え、お話ししていきますね。

  • 他言語は他文化。そして、多言語は多文化。

いきなり、文化人類学の専門家でもない私が、大層なことをお話しするつもりはないのですが、はじめてシンガポールで育児を体験したときに感じたことは、まさに「他言語は他文化」(汗)なんだぁという感覚でした。

シンガポールには、周辺のアジア各国からだけではなく、ヨーロッパや南アフリカからなど、とにかく多くの民族・人種の方々が集まって来ています。タックス・ヘイブンということもあって超富裕層の方々も多くいる反面、発展途上国から「発展」を求めてきている方々も多くいます。

つまり、経済的な幅も日本に比べてかなり広いと感じました。当然、それぞれの母語があり、それにともないそれぞれの食事(食材)・宗教もふくむ文化が数多く並存しています。「他」だけではなく「多」。まさに「多言語は多文化」なのです。

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私は、大学の頃、アメリカでホームステイを体験したことがあります。NYなどの大都市では同じような感覚だったのでしょうか。でも、私がホームステイしていた地方都市は、ただただアメリカン!(笑)。それほど数多くの「違い」が並存している感覚は受けませんでした。そこで感じたのは、日本とアメリカとの1つの「違い」だけ。

1つの違いしかなければ、「正か誤か」の二者択一のパラドックスにはまりやすいと思うのです。たとえば、「英語か、日本語か」。英語という単一言語、単一文化で育ってきた外国人講師が、幼い子どもたちを上手くハンドルできない際に使う「No Japanese!」というパニック(汗)・フレーズも、あるいはこのパラドックスにはまっているのかもしれません(笑)。

でも、数多くの違いは、単純な二者択一ではないので「共生」に導かれやすい気がするのです。

いずれにしても日本では、「違い」はできるだけ目立たせないように意識するので、どちらかといえば「違い」は苦手。苦手なので、どのように対応するのかといえば、多くの場合「依存」することを選択します。

たとえば、CHESのクラスでサンプルを提示して絵を描くようにすすめると、子どもたちが描いた絵は、ほぼすべてサンプル通りの構図と配色(苦笑)になってしまいます。

日本の学校ではよく見かける風景ですよね。構図だって、テーマから外れていなければなんでもOKのはずだし、配色なんて好き嫌いで自由に選択してもいいのに。不思議といえば、不思議な感覚(笑)。でも、良し悪しの議論ではなく、このような行動を選択するのは、やはり日本人の「文化」なのだろうなぁと感じてしまいます。

しかし、シンガポールには数多くの「違い」がごく普通に並存しています。並存しているということは、他文化を否定することもないのですが、依存することもありません。そして、数多くの「違い」が、こうして並存することができるために存在しているのが「英語」という「共通」の言語なのです。

この様子が、日本国内で「英語」と向き合っていた感覚からすると、全く違う不思議な感覚なのです。

日本での「英語」の背景には、どちらかといえばアメリカをはじめとするいわゆる白人英語圏の文化が自然と色濃く反映され依存している感覚。一方、シンガポールの「英語」の背景には、それぞれ母語の文化が他文化に依存することなくそのまま並存している感覚だったのです。

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これも良し悪しの議論ではなく、日本の英語学校や英語教室で“Halloween”や“Christmas”はよく盛り上がりますが、お正月や桃の節句、七夕で盛り上がることはあまりありません。

英語圏の季節行事を「英語で」楽しむことには熱心なのですが、日本の季節行事を「英語で」楽しむことにはあまり積極的ではありません。←これも、日本人が日本で英語を学んでいるのに、不思議といえば不思議な感覚じゃないですかぁ? 

  • “globalization”ではなく、“internationalization”

一方で、よく「日本も国際化を目指す!」ということが話題になります。この「国際化」という言葉は英語では“globalization”と表現されていますよね。

ただこの表現に少し注目してみると・・・、“globalization”という表現は大航海時代に起源を発すると言われています。かつての大航海時代、ヨーロッパ諸国が植民地を世界各地に作り始め、ヨーロッパの政治体制や経済体制をそのまま輸出することが“globalization”の始まりだったとか。

しかし最近では、“globalization”を“americanization”と揶揄する場面も増え、“globalization”のパラドックスもクローズアップされ、“anti-globalization”を主要国首脳会議の開催地などで訴える様子などが報道されることも増えはじめています。

ここで、あれれぇ、です。

私が子どもたちに英語を通して学んで欲しいものって、一体なんだったのだろう? 

私が子どもたちに期待したい英語の先にある「国際化」という表現は、母語である日本文化を徒に卑下したり、場合によっては否定したりして、いわゆる白人英語圏の文化にただ依存するような“globalization”ではなく、違いは違いとして確認しながら、それぞれの母語の背景にあるそれぞれの文化が並存している「国際化」だったのではないでしょうか。言葉では、おそらく“internationalization”という表現になるのだと思います。

確かにシンガポールでも“globalization”のパラドックスを経験したことも少なからずあります。たとえば、あるホテルでウチの息子たちがプールに入ろうとすると、その様子を見たある白人の親子は、そっとプールから離れていくことがありました。ただの偶然ではなく、他のアジア圏の子どもたちへも同じように対応していました。いわゆる有色人種とは同じプールには入りたくない文化がまだ存在していることをはじめて知りました。

また、シンガポールのビザは当時4段階に明確に区別されていました。1番は白人でかつ税金を多く納めることができる人。4番目が単純労働者、つまりメイドや作業員です。私は日本での大学卒業資格と教師として採用されている実績でようやく2番目のビザ。大学卒業資格がなければ3番目のビザだと聞きました。外国人のビザに区別があることもはじめて知りました。

また、給与も明らかに区別されています。国内で学んだ専門知識より、海外で専門知識を学んだ方が給与が高くなります。冗談のような話なのですが、日本から来た1年目教師の私のほうが、かなり教師経験のあるシンガポーリアンの先生より給与が高かった(笑)こともあります。

余談ですが・・・、日本でも、外国人が日本に居住する場合に必要な外国人登録書のことを「Alien Registration」と呼んでいた時期もあったそうです。また空港などの外国人用の入国審査窓口は「Aliens」と表記されていたそうです。本来“alien”は外国人を表す言葉なので問題はないのでしょうが、映画シリーズなどで「宇宙人」のイメージが定着したため、「Foreign (Foreigner) Registration」「Non-Japanese passport」などと表記されることになったそうです。

余談はさておき、「国際化」という意味では“internationalization”が、日本よりもはるかに機能していると感じることが数多くありました。

たとえば小学校の「通知簿」。日本にいるとほとんど意識しないですよね。でもシンガポールの現地校に入学する際に、結構活躍してくれたのが、通知簿だったのです。長男は日本ではチャイニーズ・スクールに通っていました。その通知簿をみせると中国語表記だったので、中国語を母語扱いとして学力について問題にされることもなく入学の許可をいただくことができたのです。

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さらに、あとから分かったことなのですが、たとえばシンガポールの現地校で小学校5年生を終了した段階で、親がイギリスに転勤になったとしても、同じカリキュラムの学校であれば、イギリスの小学校の6年生にそのまま転校できたりするのです。各国を転々と海外赴任を経験された方はよく分かっていただけると思うのですが、これはかなり便利なシステム。

「資格」も同様です。日本では弁護士、税理士、医師の資格はかなり重要ですが、日本でいくら重要な資格でも、このままシンガポールで開業することはできません。しかし、シンガポール以外の同じようなカリキュラムが採用されている国々の資格は、シンガポールでもそのまま通用しますし、逆にシンガポールから海外に出て、資格を基に活躍することもできます。しかも、海外で専門知識を学んだ方が給与が高くなるのは先にお話しした通りです。

もしも、ですよ。同じ努力で得ることができる資格を勉強するのだったら、日本で勉強したいでしょうか

当然、周辺各国から留学生は増えます。シンガポールからも周辺各国へ留学します。そしてまたシンガポールに帰ってきます。こうして人材が流動化することで、「内向き」とか「ガラパゴス」とか表現される日本の環境とは活気が違ってきます。

この活気の背景にあるのが「英語」という「共通」言語なのは間違いないのですが、その「英語」は、ただ白人英語圏の文化が自然と色濃く反映され依存している感覚ではなく、それぞれ母語の文化が他文化に依存することなくそのまま並存している感覚。

これこそが、子どもたちに期待したい「英語」の先にある「国際化」“internationalization”なんだぁと感じました。

  • それでも、私は日本人。

でも、多文化が並存している環境であればあるほど、意識するのは自国文化。それでも、私はやはり日本人なのですぅ。やはりどちらかといえば「違い」は苦手。そうなのです。苦手なので、どのように対応するのかといえば、多くの場合「依存」することを選択します。

この依存関係、実は「親子関係」にも顕著に存在しています。よく笑い話のように表現されていますが、たとえばイギリス人親子の場合、夫婦の後ろから子どもがついて歩くのに、日本人親子の場合、子どもの後ろから夫婦が追いかけて歩く(笑)。

社会人になっても同じなのかもしれません。「就職」という表現は、どちらかといえば日本人の場合、まるで会社という組織に依存するかのような「入社」感覚ですが、欧米人の感覚は仕事の内容が優先、まさに「就職」です。これらもある種の文化の「違い」なのでしょう。

  • 重要なのは、幼い子どもの感覚。

つまり、日本人の幼い子どもの場合、親への「依存」からスタートし、やがて先生や友人への依存関係なども経験しながら、ようやく「自立」していくという感覚なのではないでしょうか。たとえば、幼い頃から就寝時間になると、たちまち子ども部屋で1人で寝るような文化は日本にはありません。幼い頃は「川」の字で寝る。あるいは添い寝をする。

また、教師と生徒との関係でも、日本文学では「二十四の瞳」、おなご先生を一途に慕う依存する子ども達からスタートしますが、外国文学は「飛ぶ教室」、寄宿舎で自立して住む生徒たちと先生との交流が描かれています。

他にも、職業観。白人英語圏の先生方の多くは「教師」という「仕事」以外の役割を求められることを快く感じていません。教えること以外は、たとえ幼い子どもが食べこぼしで服を少々よごしていようが“It’s not my job”なのです。

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長男の転校初日のこと、授業中、生徒同士2人でセットになる課題があったのですが、長男が声をかけても誰も彼のペアになってくれなかったそうです。この状況は簡単に想像できます。すでにそのクラスで学んでいる多くの生徒たちにとって、長男の存在は、いきなり転校してきた外国人なのですから。

ただ、この状況を長男から聞いた私はやはり慌てました。すぐに担任に会い、教師としてもう少し上手く誘導するように申し入れたのです。その際の教師のひと言はいまでも鮮明に覚えています。“No problem!”そして、「それぞれの生徒にも事情があるので、私は介入しません」。つまり“It’s not my job”。

これらも良し悪しの議論ではなく、背景にある文化の「違い」なのだと感じました。もちろん単なる文化の違いだけではなく、教師としての経験や資質の問題が違いとして存在している可能性もあります。

しかし一方では、勤めていたインターナショナル・スクールで、多くの日本人(ピーク時は86名)の子どもたちの様子を観察してみても、ウチの2人の息子たちの様子を観察していても、日本文化に近いアジア系の先生方によく懐いていていましたし、アジア系の先生の多くは、幼い子どもたちにただちに「自立」を求めるよりは、穏やかな「依存」を容認してくれていました。

こうして多文化が数多く並存するシンガポールでの育児体験から、改めて私は日本人なんだなぁと再認識させられるのですが、そんななか、ふと、ある仮説が生れました。

「英語」をはじめて体験する場合、他文化が背景にあるよりは、比較的依存的な文化が背景にあるほうが、日本人の幼い子どもたちは学びやすいのではないのか。

つまり、日本人の幼い子どもたちは、白人英語圏の先生より日本文化に近いアジア英語圏の先生のほうが学びやすいのではないのか。そして、子どもたちに期待したい「英語」の先にある“internationalization”という意味での「国際化」を実感しやすいのではないのか。

  • 帰国後、すぐにCHESの設立準備。

2005年末に帰国後、少しずつ準備をはじめ2006年末にようやく初めてCHESホリデー・クラスを開催することができたのです。

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あれから5年。

日本での英語教育についての報道内容などもずいぶん変化してきました。実際、今回の取材の企画意図も、子どもの留学先としてアジアが注目されているという趣旨。

小学校での中途半端な英語授業の導入、日本企業の社内公用語の英語化、そして大学生の就職難などを背景に、シンガポールだけではなく、韓国・インド・フィリピンなど、自国文化と並存する形で英語を導入し、経済発展著しいバイリンガル教育先進国のアジア各国の教育制度と、閉塞感漂う日本の教育制度とが比較されることも増えてきました。

ただ、今回の震災ではその対応についても国内だけではなく世界中から不信感が漂う一方で、依存的ともいえる行儀の良い日本文化が賞賛される機会が増えてきているのも事実です。米軍による被災者救援活動は“Operation Tomodachi”でしたよね。

ここでも良し悪しの議論ではなく、日本だけではなく世界中で“internationalization”という意味の「国際化」がジワジワですが着実に進み始めているということも実感できるようになってきました。

そしてこの間、CHESホリデー・クラスの開催も13回。2009年からは、シンガポール親子短期留学、週2回のウィークリー・クラスもスタート。そして2010年にはインターナショナル・プリスクールとしてリニューアル・オープン。

ごく普通の日本のご家庭で育ちCHESで初めて英語を体験するようなお友達が多いCHES-Friendsたちが、教室から1歩でれば英語環境ほぼ0の日本社会で、着々と英語力を身につけ、次々と英検に挑戦し、実際に合格し始めています。

あの時感じた私の仮説。やはり日本人の幼い子どもたちは、白人英語圏の先生より日本文化に近いアジア英語圏の先生のほうが学びやすいのではないのか。そして、子どもたちに期待したい「英語」の先にある“internationalization”という意味での「国際化」を実感しやすいのではないのか。

CHES-Friendsのや笑顔、そしていつも深いご理解とご支援をいただいているCHES-Friendsのママ・パパたちのお陰で、この仮説は、間違っていなかったことも実感することができようになってきています。

もちろん、これからもカリキュラムをはじめ修正・改善しなければばらない課題はまだまだ一杯あります。それでも、「英語」と「アジア」の間にある微妙な「溝」のような「感覚」について、こうして改めて再確認すると、CHES設立の原点に立ち戻ることにもなり、「英語」の先にある「国際化」という意味をを改めて確認することもでき、私自身かなりすっきりすることができました。

書いているうちにとても長くなってしまいましたが、ここまでお読みいいただきありがとうございます。

本当に(笑)、いわば、私の独り言(汗)のようなものになってしまいましたね。ただ、これらはすべて私が新米ママのときに育児をとおし実際に体験した感覚です。これから育児を通して「英語」と付き合う多くのママやパパの一助になるのであれば幸いです。

私自身、育児からもまだ卒業させてもらっていませんが、これからも、CHESでがんばっていきますね。


2017年冬休みホリデー・クラス募集開始♪

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