東日本大震災のあまりの惨状に言葉もありません。

私が、プラウドカンパニーを夫と設立したのは、1994年の10月。登記日は、意気揚々と私の誕生日にあわせてもらいました。それからすぐに三宮で事務所探しを始めたのですが、なかなか思うような事務所がみつかりませんでした。決して景気が良かったわけではないのですが、それでもバブルの雰囲気が、まだかすかに残っていた頃です。

 

不動産屋さんも10平米ほどの事務所を探している若造を積極的に相手している暇もなかったのでしょう。ようやく手ごろな広さの事務所を見つけることができたのが12月。慌しく契約を結び、事務所用の什器・備品を発注し、事務所に納まったのが95年1月の第1週でした。いわゆるサラリーマンから、夫婦で独立し、一緒に仕事を始めることに無邪気な高揚感を感じていました。

 

借りたてのささやかな事務所に少しでも活気を入れたくて、普段は行ったこともないえべっさんに出かけ、慣れない笹を買い求め、週末には、「いよいよ来週からは、本格的にこの事務所を中心に活動をはじめるぞぉ」などと、元気よく声をあげていたのです・・・。

 

その連休明け。1995年1月17日午前5時46分52秒、阪神・淡路大震災発生。

 

幸い、実家の損傷は軽かったのですが、震災で混乱した街をなんとかくぐりぬけ、ようやく私たちの事務所にたどり着き、重い足取りで狭い階段を7階まで駆け上った瞬間に目にした風景は、一生忘れることができない風景でした。敷金とはじめての家賃を支払ったばかりの事務所のドアはなんとか存在していましたが、壁にはいくつもの大きな穴があき、まだ請求書もきていない什器備品はぼろぼろ。

 

ただただ口惜しかった。

 

いま、テレビから伝わる東日本大震災のあまりの惨状に言葉もありません。

 

【佐野元春 : オフィシャル・ファンサイト – Moto’s Web Server】から転記させていただきます。

http://www.moto.co.jp/

それを「希望」と名づけよう

街が揺れた夜、君はひとり無断で、

市営プールに潜りこみ、身体を水に浸した

そして暗がりの中、瞑想した

人は時に、光に水に、雨に風に、感謝し、

人は時に、光に水に、雨に風に、屈服する

この闇の向こうに震えるのは

誰か、嘆きの声

同胞の不在は確かに不可解だ

それはそうだ

しかしどうだろう

君は偽善の涙など流さないと誓ってくれ

決まりきったお悔やみなど無用だと言ってくれ

夜が明けて、そこにいつもどおりの太陽が照り、

草木は首をもたげ、

鳥たちは空を往く

あぁ、美しくも残酷なクリシェ!

一方で、

君の身体の細胞ひとつひとつに染みいる光はどうだ

傷だらけではあるが依然雄々しいその筋肉はどうだ

そうさ、君は同胞の不在を気にかけているんだろうが、

たとえば、

偶然にも生き残った君の生を讃えてみてはどうだ?

たとえば、

生き残ったことへの幸運を噛みしめてみてはどうだ?

不謹慎だとわめく偽善者を後に残し

君が光を放つことで、友を弔うんだ

それを「希望」と名づけていいんだよ

余震は続く

—–

2011年 誕生日に寄せて

佐野元春

 

そして

 

【pray for japan】世界から届いた日本への祈り

→ http://matome.naver.jp/odai/2129985372846288901

 

【地震発生後、Twitterで投稿された心に残るつぶやき】

→ http://prayforjapan.jp/tweet.html

 

私も、「希望」を継承していきたいです。

 

被災された多くの方々が、1日も早くこれまでどおりの生活に戻れますように心よりお祈り申し上げます。


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