「英語教員には、シンガポールなどの英語検定上位国から雇用する」

「英語教員は、シンガポールなどアジアの英語検定上位国からから雇用する」。

あのぉ~、私が、改めて宣言したわけではないのですよ。こんな提言をしている「日本の英語教育」に関する興味深い記事をみつけましたので、ご紹介しておきます。

【迷走する日本の英語教育 – 鈴木和夫】

http://agora-web.jp/archives/1230321.html

気になる方は、ぜひ、こちらの記事全文をお読みくださいね。

まず記事では、「アジアの中でとりわけ劣る日本人の英語力」と、日本人の英語力の低さがすでにアジアのなかでも最低レベルなってしまっているとの指摘から始まります。一部を引用させていただくと・・・。

日本人の英語力を見てみましょう。TOEFL(Test of English as a Foreign Language)の国際比較です。発表している国別得点によれば、2009年における日本人の平均点は、アジア30カ国中28位です。

さらに批判は続きます。

日本の大学で、英語で講義できる教員は、何割いるのでしょうか。さらに日本の官僚、政治家、テレビや新聞の記者の中に外国語でグローバルに情報発信できる人は何割いるのでしょうか。ゆとり教育などとレッテルを張り若者の教育不足を指摘しますが、日本人の外国語教育を真剣に改めなければ、さらにJapan Passingされるでしょう。

この辺りの指摘は、私も【待ったなし・英語教育】で書いたこともあり、著しくうなずけるところです。

では、英語を取り入れている他のアジア各国の動きはどうなっているのか? については、以下のように指摘。

そこで、各国の英語教育を見てみましょう。例えばフィリピンはアジアでシンガポールと並ぶ英語の実力国民とされています。私が調べたところ、この国では小学校前から幼稚園で英語を教わります。小学校では、週30時間の授業はすべて英語で行われるそうです。当然、大学でも英語の講義が標準となります。こうして、フィリピンでは、米国やオーストラリアなどの英語圏の人々を相手のカスタマーサービス産業が発展し、GDPの1割を占めるようになりました。

韓国の上位の大学では、英語と韓国語の講義のどちらかを選択できて、意欲ある学生は英語を選ぶのだそうです。当然、教員は英語で講義できなければなりません。サムスンをはじめとする韓国のグローバル企業の躍進を支える人材を輩出できるのもこうした一気通貫の教育システムがあればこそでしょう。

シンガポールをはじめ、韓国、フィリピンなど英語を取り入れ、その英語力を経済発展につなげているアジア諸国の例は、ここ数年、特に日本が失われた10年とか20年とか言っている間に、枚挙のいとまがないくらい報告されてきています。

その意味では、この記事が指摘するとおり、できるだけはやく英語教育を導入する方法を探った方が良いに違いないとも感じます。ただ、問題は、その方法論です。

この記事では、最近、発表された「政府の掲げる教員の実力向上を目的とする英語教育政策」、つまり、英語を教える日本人教員の力量を高めるために、日本人の英語教師を米国の大学に派遣する事業について、「実力のある教養豊かなネーティブを雇いいれるほうが、日本人の英語力は急激に伸びるから」という理由で、「愚かな政府の施策」と簡単に切り捨てます。

ちょっとこれは早急な結論のように感じます。私は、日本の公的教育制度に関してのこの意見には、反対です。

もちろんCHESのような小規模レベルの私立教育に関してであれば、もろ手を挙げて大賛成! です。実際、すでにCHESでは2006年末からアジアのバイリンガル教育先進国の先生方と協力しながら実践しています。

ただ、国全体の教育制度となると、微妙に違うのではないのでしょうか。

まず、日本での英語教育は、ここ数年でいきなり始まったものではありませんよね。ネーティブの教師をただ輸入する段階は、すでに終わっているはず。

歴史を振り返っても、国レベルで「海外事情」を導入するためには、まず、外国人教師を輸入。そして次の段階で、若手を国費で留学させて、帰国後、その専門職として重用する、という流れ。

いまさら、学校に「実力のある教養豊かなネーティブ」を教師として迎え入れても、おそらく結果は変わらないでしょう。理由は簡単です。「実力のある教養豊かなネーティブ」な教師が、日本の学校制度の中心的役割を果たすことがないからです。いくら英語ができたって、英語ができるだけの教師はこの国では重用されないのです。このあたりの感覚は、記事でも指摘されています。

さらに大学の講義に耐えられる英語の実力がしっかりある博士号取得者でも、非常勤講師の仕事しかない状態を聞きます。現在の日本では英語の真の実力がない順に、いびつな英語教員の順序が構成されています。

また、そのネーティブ教師を管理できる日本人教師がいなければ、現状の教育制度と英語の授業の融合をマネージメントすらするこはできません。この状況でとてもかんたんに想像できることは、ネーティブ教師は、英語ができないという理由だけで、英語ができない日本人教師のことを、また同時に、英語で学んでいないと理由だけで、日本の教育制度も、軽くあしらってしまうことでしょう。

その意味では、今回の若手教師の留学プログラムは悪くないと思います。たとえ時間がかかったとしても、日本人英語教師の育成には早急に取り組む必要があると感じます。ただ、帰国後は、韓国で行われているようにキャリアとして重用する別枠を設けるべきです。現状の組織のなかでは、せっかく留学しても、そのまま埋もれてしまうだけです。

さらに、教える側の教師の環境だけではなく、授業を受ける側の生徒の環境にも問題があります。

私が中学の頃にはすでに英語は必須科目でした。高校・大学でも英語は当然必須ぅ。私の通っていた学校はミッション系私立だったので、ネイティブの教師はたくさんいました。でも、やっぱり学生時代は英語が身につかなかったのですよぉ。

いずれにしても、その背景も、とても単純なのです。

日本の実社会で、英語が必要とされる人の割合は、せいぜい1割程度という試算もあるくらい「英語」に対してのモチベーションが低いのです。ただ、それだけ。

少子高齢化が続く日本では、内需は減少し続けるのは明白で、外需を開拓していくために「英語」という言葉はこれから先もますます重要になるでしょう。しかし、日本のGDPが中国に抜かれて世界3位になったとはいえ、それでもなお日本は大きな市場であり続けるというのも事実。これから先も、仕事で英語を一生使うことなく普通に生活していくこともできないわけではないのです。

そして、さらに他のアジア諸国と単純に比較できないと感じる特殊さは、日本人の教育水準は、決して低くはないことです。2009年に行われたOECD国際学力テストの結果についてはすでにふれましたが・・・、たしかにいろいろと課題はあるものの、それでもそれほど悪くはないのです。

日本の調査結果の変遷は、読解力が00年8位、03年14位、06年15位で、今回調査で00年レベルに改善。数学は00年1位、03年6位、06年10位。科学は00年2位、03年2位、06年6位で今回調査でいずれも下げ止まりの兆候が見えた。

それなのに英語は必須ぅ。なぜ?

これは、以前、野村資本市場研究所の関志雄氏の「対象を絞り国際人を育成」というインタビュー記事について【英語を選択科目に】でもご紹介したとおりです。

中学から大学まで8年間も英語を勉強していて、平均的な日本人は道案内もほとんどできません。経済学でいうコストベネフィットの問題で、ものすごいコストをかけているのに、ベネフィットがない。効率の悪い無駄な努力です。

私は、いま、国全体の教育制度のなかで問われているのは、【迷走する日本の英語教育】で鈴木和夫氏が指摘する英語教師の育成という単純な問題ではなく、公的な教育制度のなかで「英語」の位置づけ、つまり、「英語は必須ぅ、なぜ?」について明確に子ども達に応えてあげること自体が、まず問われているのだと思います。

その問いに対する選択肢は、先のインタービュー記事「対象を絞り国際人を育成」で関志雄氏が指摘するとおり、英語の授業を「必須科目」ではなく、「選択科目」とし、同時に英語の授業内容をより実践的な内容に変えていくことだと考えています。

こうすれば、「国内志向」の方も、最低限の英語の知識だけを学び、「必須」ではなくなった英語の時間を他の科目に振り分けることで、より充実した公的な教育を受けることができるでしょう。

日本は、歴史も文化もあり、自然も、経済的にもそれなりに豊かで、教育水準も決して低くない、アジアでもある意味特殊な国なのだと思います。そこそこ豊かで自由で安心できる生活は、日本では英語がなくてもまだできるのです。

このような日本独自の環境をやみくもに批判し、将来の不安ばかりを子ども達に提示することで、「英語」の必要性を唯一絶対の選択肢だと訴えるだけでは、果たして「英語」を学ぶだけでいいのか? これからは中国語のほうが必要とされるのでは? あるいは・・・○×語? という疑問にいつまでたっても答えることにはなりません。

かつて福沢諭吉は、当時最先端の蘭学を学び始めたものの、機をみて英語に切り替え学び直したとも聞きます。みんながみんな、簡単には福沢諭吉のようにはなれないと思うのですぅ。

歴史も文化もあり、自然も、経済的にもそれなりに豊かで、教育水準も決して低くない日本で、近い将来、あるいは遠い未来にどのような選択肢があるのか、その選択肢の1つとして「英語」もあるということを、いまの子ども達に素直に提示することこそ、いまの大人が唯一できることなのではないのでしょうか。

これはある意味大人としてはかなり勇気のいることです。近い将来いままでの自分達世代のやり方、かつての自分達世代の成功体験ではうまくいかない可能性があるということをいまの子ども達に素直に提示することになり、自分自身を部分的に否定することにもなるからです。

それでも、未来の日本で生きていく子ども達に、ある意味とても特殊な「日本」の教育制度として、唯一絶対の選択肢だけを提示するのではなく、「英語」を実践的に学ぶことができる選択肢も早急に準備すると同時に、さらに専門分野に特化して学べるいくつかの選択肢も自由に選ぶことができる環境を勇気をもって提示する時期に来ているのだと思います。

このあたりについては、すでにとりあげていますので、興味のある方は参照ください。

【「外国語活動」が平成23年度からすべての小学校ではじまります】

http://d.hatena.ne.jp/kobe-ches/20100703#1278134030

【教育にも「競争」が必要?】

http://d.hatena.ne.jp/kobe-ches/20101020#1287539323

【待ったなし・英語教育】

http://d.hatena.ne.jp/kobe-ches/20100810#1281411233

書いているうちにとても長くなってしまいました。最後までお読みいただきありがとうございます。

で、結局、私はなにをお伝えたしたかったのか、、、ひと言でお話しすると…

「迷走する日本の英語教育」などと、小難しいこと言わなくたって

「シンガポールなどアジアの英語検定上位国」の英語の先生の授業は、2011年春休みのCHESホリデー・クラスに参加するだけで、9日間も受講することができるんですぅ(キリッ)。

各クラスとも10名程度の開催を予定しています。またもしかすると満席になってしまい、キャンセル待ちになってしまうかもしれないのですが、CHESホリデー・クラスは、2歳から小学生のお友達をまだ募集しています。ウィークリー・クラスでの無料体験参加者も募集中ですので、おはやめに、こちらからお申し込みくださいね。

(PCの方は)http://kobe-ches.jp/setumeikai.html#setumei

(携帯の方は)http://kobe-ches.jp/k/#entry


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