小春日和。

穏やかな小春日和が続きますね。

妙な表現なのですが、、、小春日和のなんだか頼りなさげな陽光のなかにいると、日本人として生まれてきたことを再認識でき、まったりした気分になります。

手元には、縁側で一息いれる湯飲み茶碗。ふと、目線をあげると、輝くようなオレンジ色の柿。そして、夏には決して積極的には望まなかったのに、いまではすっかり心地よい太陽の光。頭のなかでは、そう、あくまで、頭の中は、なのですが、こんなイメージです。

なんだか、ほんわかしてしまいます。

でもね、この「小春日和」の「ほんわかさ」を英語に変換すると、どんな表現になるのかが気になり始めて、現実に引き戻されてしまいました。

「小春日和」を直訳すると“Indian Summer”

確かに辞書には載っています。でも、世界中で通用するのかなぁ。だって、「四季」が日本と同じように経験できるのは、北半球の一部の地域のはず。南半球もあるんだろうけど、「気候」は経験しないとなかなか分からないもの。まして、四季の変化の加減は各地で随分差があるはずです。

そこで、ちょっと、ググッてみました。あッ、あるある。とりあえず、さッすがはぁ~Wiki。

Wikiの英語版は、さすがに詳しく表記されていました。

“ a period normally associated with mid-October to late-November in the northern states of the United States.” なので、北米では、ほぼ日本と同じ感覚なのは間違いないのですね。

でも、同じアメリカでも、南東部では…、“In some regions of the southeastern United States, ‘Indian summer’ is colloquially used to describe the hottest times of the year, typically in late July or August.” と、7月下旬か8月の一番暑い時期を表すところもあるそうです。

さらに米国以外の南では、“dog days” としてよく知られていると!? あれ、ここで微妙に表現が変わってきています。

なんだかよく分からなくなってきましたが、語源を読むと、アメリカ英語のようですね。いくつかの語源があるようですが、二つは戦争に絡むきな臭い感じの表現ですぅ。しかも、イメージは、“summer-like weather in the fall”。

日本では“春”のような気候なのに、あちらのアメリカでは“夏”。”false(間違い・うその) summer” なのですよ。やはり微妙に違う感じです。

私が感じる小春日和の「ほんわか」感を言葉でお伝えするのは難しいのですが、もうそこには寒くて厳しい冬の到来を感じているのだけれど、その手前のほんの一瞬の刹那、その冬の後、また確実に来ることを知っている穏やかな春を一瞬予知体感するかのような「ほんわか」なのかもしれないです。

すでに過ぎ去った夏をあえて評価することはせず、それでもいったんは過去にけりをつけ、どちらかといえば、消極的だけど未来志向のような感じなので、やはり“夏”ではいただけない感じなのです。

では、ヨーロッパでは? と、読み進めると…、

イギリス英語では、“Saint Martin’s Summer” が、かつては一般的だったとか。この言葉はフランスからきたようなので、ヨーロッパでは、だいたい「聖マーチンの夏」と表現されているのですね。こちらは、純粋な「気候」からの表現ではなく、どちらかと言えば宗教的。

ただ、面白い表現としては、ハンガリーやフランダース(ベルギー)、リトアニアでも、「老婆の夏」と表現されていること。こちらの表現のほうが、日本のほんわか感に近い感じがします。

たしかに、「秋桜(作詞・作曲:さだまさし)にも、「涙もろくなった母が、縁側でアルバムを開いては、何度も同じ話を繰り返す小春日和の穏やかな日」と、表現されていましたから。

でも、やっぱりあちらの表現では、「夏」なのです。これでは、常夏の国のイブリン先生に英語で、日本の「小春日和」のこのほんわか感を伝えるのは、はやり難しそうですぅ。とほほ。

まぁ、でも

♪ 苦労はしても

  笑い話に 時が変えるよ

  心配要らないと 笑った ♪

ですからね。

ところで、あと、“The term ‘Indian summer’ is also used metaphorically to refer to a late blooming of something, often unexpectedly, or after it has lost relevance.” というのが書かれてありました。比喩的に「遅咲き」の意味として使われることもあるのだとか。

そーいえば、先日、長男のバスケの新人戦を観にいったときのことです。試合は、完敗だったわけですが、長男が結構得点をいれておりました。

長男がまだ幼稚園の頃、「まりつき」もできないことに気づき、あわててマンションのエントランスで練習をしていたことを考えると、まさに天変地異のような出来事。

まりつきどころか、ドリブルで走り回り、ジャンプしたりシュートしたりできているのが驚きです。それなりに時間もかかっていますが、練習を繰り返し継続することで、成長できるものなんですね。かつてチームでは、身長だけが目立っていましたが、今回は動きでも十分に目立っていました。

監督からは試合後、「目指す方向とはまったく逆だが、強引にでも得点を入れないと試合は話にならない」と、かなり厳しく怒られておりましたが、話の前半部分は完全にスルー、後半部分だけをしっかり受け止めて、本人的にはそこそこ納得の表情。

まさに「遅咲き」、いや「狂い咲き」のような試合中の動きも“Indian summer” ならではの出来事だったのでしょうか。先日の学校での運動会でも、いつの間にかリレーの代表になっていたりして。入学の頃は、運動会でも全然目立たなかったのに…、時の経過とともにこんなに変わるというのか、成長したというのか、なんですね。

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次男はといえば、集合が早かったので、試合中本番にはすっかり疲れて、観客席最前列で熟睡しておりました。こちらは、これから期待したいということにしておきます。

そして、試合会場からの帰り道、突然おじいちゃんのところにお邪魔すると、なんと何気なく「勲章」が置いてあったのです。おばあちゃんから事情を聞くと、なんでも長年の功労を称えられてのことなのだそうです。表彰状を読む限り、「内閣総理大臣」とか「日本国天皇」とか仰々しいというのか、錚々たる(そうそうたる)というのかの文字が並んでおります。11月3日の「文化の日」というのは、そういう日でもあるのですね。

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そういえば、おじいちゃんは公務員だったわけで、もう80歳、すっかり現役の頃のことを忘れておりました。

「おめでとう!」と、庭先の菜園で大根を抜いてくれていたおじいちゃんに声をかけたものの、おじいちゃんは「誰も頼んでへんのになぁ。これこそ税金の無駄遣いやろぉ」と、苦笑いしておりました。

まあ、現役時代も引退後も、組織のしがらみやらナニやら、これまでいろいろあったのでしょうが、でも、これも長生きした証みたいなもんだから、もう少し喜んでもいいのでは?

私からの問いかけに、おじいちゃんは作業に専念したまま、「今年は、大根はよく出来たから一度にたくさん持って帰らずに、また取りにおいで。とりあえず、4・5本で足りるか?」と。

あのぉ、うちは怪獣たちがすんでいますので、一日で一本なくなっちゃいますぅとは、もうさすがに言えませんでしたぁ。

こちらも、“Indian summer” ならではの出来事なのでしょう。

まぁ、なんだかんだと言っても、遅咲きであれなんであれ、咲くためには、とにかく、「継続は力」なんですよね、やはり。

かつてキングと呼ばれたカズ選手も、今日の新聞のコラムで「考えているだけで止まっている人間はたくさんいる。お前もそうだ。考え、悩め。でも前にでろ」と。

がんばろうね。

♪ こんな“Indian summer”の穏やかな日… ♪

♪ 苦労はしても

  笑い話に 時が変えるよ

  心配要らないと 笑った ♪


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