私の育児経験を振り返って(3)「シンガポールへ行く前の次男は…」

私の育児経験を振り返って(2)「シンガポールへ行く前の長男は・・・」からの続きです。

http://d.hatena.ne.jp/kobe-ches/20100609#1276070450

まだ、育児から完全に卒業させてもらったわけではないのですが・・・、ここまで、2人の息子達は、トライリンガルとしてすくすく成長してきました。

そして、もうすぐ、CHESをリニューアル・オープンすることもできます。この機会に、なぜ、私はCHESを立ち上げたい! と感じるようになったのかを私自身再度確認するためにも、私の育児経験を振り返ってみようと思います。

当時の私と同じように、幼い子ども達のために、「いま」しか経験できない「なにか」を一生懸命探してるママやパパ達に、私自身の育児経験が、少しでもお役に立てれば幸いです。

長男の育児は、比較的穏やかだったのですが、次男は、全く違いました。これは、2人の性格の違いによるものなのかもしれません。

たとえば、長男の時には、事務所の机の上に寝かせながら、私が仕事をしていても、全く問題なかったのですが、次男は、やたらと動きまわるので、じっと座って仕事をしている状況ではありませんでした。やがて、自分の力で動き出せるようになると、書類に落書きはするし、クシャクシャにする、あげくは、破きだす始末。

次男の育児は、長男の後を同じように追いかけるだけでいいので、少しは楽かなぁと考えていたのですが、そんなに甘くはありませんでした。親としての覚悟が問い直されるのは、これからも続くことになります。

とにかく、次男の育児体験は長男のと比較すると、不思議な感じでした。いま、思い出せる範囲で、その様子を書き出してみると…、どれもが、産まれてくるまで逆子のままでがんばっていたw次男の生まれ持った性格なのかなぁと、改めて感じたりします。

  • 長男は、抱っこすると、体を預けて、そのままじっとしていたのに、次男は、抱っこしても、両足に力をいれたり、上半身を振り回して、じっとして抱かれたがらない。そのくせ、独りにしておくと、すぐに抱っこをせがむのです。

  • 長男は、ハイハイする時期がながく、立ち上がれるようになるのが比較的遅かったのに、次男はハイハイをほとんどせず、すぐにつかまり立ちをして、歩こうとしていました。

  • 長男も喃語(なんご)は少なかったように感じていたのですが、次男もほとんど口にしなかったように思います。2人の息子達には、私も主人も、いわゆる赤ちゃん言葉で、話しかけることが一切無かったからなのかもしれません。なによりもビックリしたのは、次男の最初の言葉です。4人で食事中、突然、「み~ず、く~ださい」。いきなりの二語文! 一瞬、みんな互いに顔を見合わせ、唖然としたことを覚えています。

「言語能力」という意味では、次男は、ある意味、不思議な能力wというのか、こだわりがあるようです。いまでも少し苦労するのが、学校への提出物(←中国語で書かれた連絡w)。長男に訊ねると、「よー分からんけど、こんな感じ」程度の説明で、事情がうまく飲み込めない場合があります。ところが、次男に訊ねると、「誰が、何を、いつまでに」程度のことは、順序正しく分かりやすく伝えてくれることがあるのです。

ほかにも、幼い頃、「突然、空から氷の固まりが降ってきてん!」と、目をまるまると輝かせて伝えくれたことがあります。まだ知らない「言葉」に対して、子ども達がよく使う「なにか」が降ってきたと、表現しなかったところが、とても面白かったので、よく覚えています。あとで、それは「日本語では、ひょう(雹)とか、あられって表現するのよ」と教えてあげると、とてもうれしそうに納得していました。

いずれにしても、次男も、長男の時と同じように、できるだけ長く、私の手元において育ててみようと考えていたのですが、長男の幼稚園の送り迎えや、仕事が全く手に付かない状況だったので、次男は、1歳過ぎた頃から、仕方が無く保育園にお願いすることにしました。

保育園の入園手続きを確認して、まず、驚いたのが、入園の優先順位の低さです。私の両親はシンガポールに滞在中、主人の両親にも応援をお願いできる状況ではありませんでした。それなのに、私たちは、「自営」扱いになり、「寡婦」、「公務員」、「サラリーマン」と続く一番後順位でした。

次に驚かされたのは、保育料の高さ。夫婦2人の所得があったので、保育料の分類でも、後順位。文部科学省ではなく、厚生労働省、つまり、「福祉」管轄である保育園の仕組みとは、いかにも不思議なものだと感じました。

それでも、半年ほど待っていると、なんとか近くの保育園に入園が認められて、ようやく、ホッと一息つくことができたのです。ただ、次男は、新しい環境に慣れるのが苦手。長男は、どちらかといえば、新しい環境でも、なんとなく入っていけたのですが、次男は、とにかく時間がかかります。

保育園の最初の日は、ほぼ半日泣いていたのではないでしょうか。こんな形で、次男と距離をおいてもいいのかという思いもあったのですが、それでも、次の日、行くのを嫌がるかかといえば、そうでもなく、機嫌よく一緒に家を出るのです。別れ際だけ、少し手こずる感じの日々が続き、やがて慣れていった感じです。

ただ、しばらくして、私の中で大きな疑問が湧いてきました。その頃、長男は、幼稚園と幼児教室にお世話になっていたのですが、本当に、次男をこのまま「保育」だけの施設に任せておいていいのかなぁ? です。かかる費用は、次男の方が多いくらいなのに・・・。でも、仕事のことを考えると、やむを得ない選択? 随分、あれこれ考え込んだりしていました。

そんなとき、長男が通う幼稚園の近くのインターナショナル・プリスクールから生徒募集の知らせを聞くことになります。

すでに、長男と次男を連れて、年1回程度シンガポールへ行き来するようになっていましたので、長男のときにはできなかった「英語」での育児という選択肢を見つけたのです。授業料を比較すると、いまの保育園とさほど変わりません。思い切って、転入させることにしました。ただ、次男のことです。当然、また慣れるのには苦労しました。

しかし、すでに保育園での経験があったので、今回は、長男のアフター・スクールにまず一緒に通わせて、場になれた頃を見計らって、朝から始まるプリスクールへ正式にお願いしようと考えたのです。いきなり転入するのではなく、段階を踏んでみたのです。

しかし、この作戦は、長男にかなり負担をかけたようです。初日、長男は、ひたすら黙って、泣き叫ぶ次男をひざに抱え、そのまま半日、ただじっと座っていたそうです。就学前の少年が、自分がやりたいことをなにもせずに、ただただ、泣き叫ぶ次男を抱いていたと・・・、この様子を先生から聞いたとき、長男に悪影響を及ぼすのではないかと、迷いました。

長男本人に直接訊ねてみると、「一緒に行ったらええやん」と、親の心配をよそに、あまりにも、あっけらかんと言い切ります。私が迷っている場合ではないと思い直し、そのまま、長男はアフター・スクール、次男はプリスクールに通わせることにしました。

これで、いよいよ「英語」での育児にもチャレンジできるかもと、かなりわくわく気分だったのです。たしかに、英語に触れるという意味では、とてもいい経験だったのですが、実際には、期待していたほどの効果はありませんでした

この後、様々な経験をした「いま」だから言えるのですが、期待していたほどの効果がなかったのは、やはりいくつかの明確な理由があったのです

ただ、結論をひと言で表現すると、プリスクールへ転入後、しばらくしてから、幼い子どもを英語環境にいれただけで、英語が自然と身につくものではない、というごく当たり前の事実に気づかされることになります。

その頃までの私は、まだ、子ども達が幼い間に「なんとなく英語」環境だけを与えてあげれば、自然と英語を身に付けると、勝手に思い込んでいたのです。

そのため、いわゆる「ネイティブ」という理由だけで、外国人がなんとなく講師をしているだけで納得していたり、なんとなく英語のDVDやビデオをみせたり、英語のCDをきかせたりするだけで、ある意味、「親」としての自己満足に安心していただけだったのかもしれません。

その頃の私に欠けていたのは、あきらかに「教育」という視点でした。子ども達は、日々、成長しています。その成長にあわせて、「いつ」「なに」を「どのように」与えてあげれば、子ども達が無理なく吸収することができるのか、この答えは「教育」にあったはずなのです。

子ども達には、このような「発達段階」があるとういことは、「幼児教育」を専攻していた私は「知識」としては知っていたはずなのですが、、、「我が子」と「英語」という、思い入れの強さに、私自身、すっかり惑わされていたのでしょう。

その後・・・、結局、次男が年少の学齢になる4月、長男の勧めもあり、同じ幼稚園に通わせることにしました。長男の入園式のときもそうでしたが、サクラが咲く入園式には、親として、改めて感動しました。

主人のBlogには、当時の様子が次のように綴られています。

4月の入園式。ようやく、入園で、ホットした。長男の時は、仕事をしながらでも、なんとか、面倒をみることができていたのが、次男の時は、さすがに少しパニック状態で、一人の子どもを二人の親で面倒をみるのと、二人の子どもを二人の親が面倒をみるのとでは、全然、違った。おまけに、二人の親は同じ事務所で仕事。

しかも、次男は、長男と違って、まわりの雰囲気に乗っていくタイプではなく、とにかく、自分の意思で納得して、ようやく動くタイプ。仕方がなく、保育園にお願いしたり、プリスクールにお願いしたり、でも、本人もあんまりしっくりこない様子で、そのことが、ずっと気になっていた。

長男の勧めもあり、彼が5年間お世話になった幼稚園にお願いした。次男は、かつて長男が着ていたのと同じ制服に身を包み、お兄ちゃん気分で、少し自慢そうだった。まだ、少し大きめで、ブカブカのベレー帽。顔が半分くらい隠れてしまいそう。

それでも、次男の口からは、「お兄ちゃんになったから、幼稚園いくねん!」。

そう、長男と一緒に幼稚園に行けなかったのは、自分がまだ赤ちゃんだったからだという認識。この制服を着た以上、自分はすでにお兄ちゃんなのだ。

すでに長男の時にも経験している「遠足」、「運動会」、「七夕」、「盆踊り」、「生活発表会」など、一般的な日本の幼稚園で大切にしている「季節行事」を、長男のときと同じように、次男とともに経験することは、ある意味、とても居心地の良い安心感を私に与えてくれました。

ただ一方では、長男はすでに小学生。時間切れにならない幼いうちに「英語」をなんとか身につけさせたいという思いは、2人の息子達が大きくなるにつれ、さらに強まっていたのも確かです。

結局、私は、次男の育児の時にも、「英語」に関しては、納得できる環境を全くみつけることができないまま、次男の入園式から約1年後、突然、シンガポールへ行くことになります。

シンガポールへ行くことになった経緯については、すでに【私の育児経験を振り返って(1)「突然、シンガポールへ」】で、書かせていただいたのですが、まさに突然のことだったので、年1回程度は行き来していたこともあり、特にあまり深く考えもせず、とにかく行ってみようという感じでした。

ところが、実際にしばらく住むことになり、そこで出逢った先生方は、本当に目からウロコ。これが「教育」なんだぁと、感心させられることばかり。シンガポールで体験できたことは、一生懸命探している時には、全然見つからないのに、ふと、忘れかけようとした頃、突然、探し物が見つかったのと、まさに同じ「感覚」でした。

私の育児経験を振り返って(4)「シンガポールでの育児体験」へ、つづく。


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