私の育児経験を振り返って(2)「シンガポールへ行く前の長男は…」

私の育児経験を振り返って(1)「突然、シンガポールへ」からの続きです。

http://d.hatena.ne.jp/kobe-ches/20100607#1275907602

まだ、育児から完全に卒業させてもらったわけではないのですが・・・、ここまで、2人の息子達は、トライリンガルとしてすくすく成長してきました。

もうすぐ、CHESをリニューアル・オープンすることもできます。この機会に、なぜ、私はCHESを立ち上げたい! と感じるようになったのかを私自身再度確認するためにも、私の育児経験を振り返ってみようと思います。

当時の私と同じように、幼い子ども達のために、「いま」しか経験できない「なにか」を一生懸命探してるママやパパ達に、私自身の育児経験が、少しでもお役に立てれば幸いです。

いまから振り返ると、シンガポールへ行く以前は、結構のんびり子育てしていたなぁという感覚です。だからといって、本当になにも考えていなかったわけではありませんよw。当時、私も新米ママでしたが、それなりにいろいろ考えていました。

まず、長男の育児ですが、彼は、本当に手がかかりませんでした(←やはり、あまり考えていなかったのかも…w)。事務所に一緒にいても、いつも機嫌がよくて、ビデオ(プーさんが超お気に入り)をみたり、独り遊び(積み木やトミカのミニカー)をしていたり、あとは昼寝。13歳になったいまでも、とにかくよく寝る子どもです。

ただ、2歳ごろになると、気になることが、いくつかでてきました。

まず、ミニカーで遊ぶのはいいのですが、こだわりがスゴかったのです。たとえば、一度、並べ始めると、順番にもこだわり、隅から隅までキッチリと一列に並べたがるし、少し外に遊びに行くにしても、大事な一台だけは肌身離さず持ちたがるし・・・、とにかく、長男のなかの狭い世界にこだわり、遊んでいる感じでした。

ほかにも、たとえばある日、主人と一緒に2人で仕事に出かけようとした瞬間、玄関におもちゃのカバンを持った長男が、先回りして、満面の笑顔で座っていることがありました。「カバン」を持ちさえすれば、自分も一緒に出かけられると考えついたようです。

この頃から、長男を赤ちゃん扱いのまま、狭い世界に閉じ込めておくのではなく、そろそろ外の社会も経験させた方がいいのかもしれないと感じるようになりました。長男は、生まれたときから、事務所の机にタオルケット(←お祝いにいただいたファミちゃん)を敷き、机をそのままベビー・ベッド代わりに育ててきましたので、私達だけではなく、事務所に来客される方々にも随分かわいがられていたのです。

ただ、長男は3月生まれ。小学校に入る頃には、月齢の差に関係なく、同じ学年の他の子ども達と比較されます。体格的にも苦労するかもしれない、少しでも早く外の世界を経験させたほうが良いかもしれないとも感じるようになりました。

そのとき、幸運なことに、ちょうど2歳から預かっていただける幼稚園を見つけることができたのです。

そこは、モンテッソーリ教育を正式に取り入れている幼稚園。実は、私は大学で幼児教育を専攻していましたので、モンテッソーリ教育には、非常に興味を持っていました。できれば、モンテッソーリ教育のなかで、子どもの「自主性」や「感覚」を尊重しながら育ててみたいとも感じていました。

モンテッソーリ教育の主な特徴は…

  • 感覚教育
  • 自発性と「敏感期」
  • 「整えられた環境」と教員養成

モンテッソーリ教育法とは?→WIKIをご参照ください

ちょうど2歳児を週1回から実験的に預かる試みを始めたことを聞いたのです。朝は10時から12時までなので、送り届けたら、すぐにお迎えに行かなければなりません。片道、車で30分以上かかるので、休む暇もない状況だったのですが、いずれこの幼稚園にお世話になろうと決めていましたので、とにかく一度、お願いしてみることにしました。

学生時代には、教育理論として学んでいた「モンテッソーリ」という語感に、なんとなくあこがれのようなホンワカしたイメージを持っていた新米ママの私を待ち受けていたのは、当時の園長先生、シスター。たちまち「教育理論」と育児の「実践」の差を思い知らされることになります。

長男が通い始めた頃、シスターから、いきなり、大声で怒鳴られたのです。本当に、びっくり! でした。靴をぬいで、上履きに履き替える長男の様子があまりにもモタモタしているのに我慢できず、ついつい手をさしのべていた新米ママの私に対しての先制パンチでした。長男をどのようなサポートをしてやればいいのか、全然わからなくて、必要以上に面倒をみ過ぎていたことを指摘されたのです。

それ以来、ことあるごとに、「自分で選び、自分で考えて実行し、やり遂げ、責任をとる」という姿勢を教えてあげなさいと諭されるようになりました。たとえ、子どもが慣れなくて、モタモタしているようにみえたとしても、親は、その様子を、ただじっくりと後ろから見ててあげなさい、と。「親ができることは、それだけなのよ」。

これは、正直、強烈でした。一応、教科書レベルでは学んではいたのですが、一人目の子どもに対して、新米ママはそれほど冷静ではいられませんよね。しかも、まだ、次男が生まれていなかったので、長男は1人っ子状態。シスターとの出会いがなければ、ついつい、必要以上に甘やかしていたかもしれません。この出会いをキッカケに、私の中で、親として息子と向き合う「覚悟」のようなものが芽生えたように思います。

その後、シスターには、たびたび相談にのっていただいて、随分、お世話になりました。長男の卒園のころも、チャイニーズ・スクールに行きたいと言っていると相談すると、わざわざ時間をとっていただき、「あなた達は、日本人なのに、一体、どういうことなの?!」と、かなり心配していただきました。ご年配のシスターからすれば、かなり大きな疑問だったのでしょう。いまから思い返すと、この疑問も当然で、当時は、私の周りの多くの方々からも同じように(私達の両親でさえ)「日本人なのに、本当に大丈夫なの?」と、心配をかけていましたから。

「長男が、進学(通学)できる可能性のある小学校、公立・国立・私立のすべてを一緒に見学に連れて行ったところ、自分で、ここ! と決めたんですよ」と、経緯を報告すると、それ以上あまりとやかく言わずに、「それなら、じっくり、みててあげることね」と、大きな声で笑いながら応援していただきました。私も、随分、勇気が湧いたことを覚えています。

シンガポールとなんどか行き来するなかで、夏休みには、現地のチャイルド・ケアーセンター(←「シンガポール親子留学」でご紹介させていただいている「サムス」)やプリスクールに、短期間お世話になった経験から、長男にとっては、チャイニーズ・スクールの雰囲気が、なんとなくなつかしい「感覚」として残っていたのでしょう。(実際、日本人の私達が、入学許可をいただくまでは、本当にはらはらどきどきの連続だったのですが・・・)私は、長男のこの「感覚」を尊重していこうと決めました。

シンガポールへ行くことを決めた時も、報告に伺いました。このときも、わざわざ時間をとっていただき、「あなた達は、本当に、一体、どういうことなの?! 離婚するわけじゃないのよね」と、少し言いにくそうに確認され、今度もかなり心配されていました。この頃は、すでに次男がお世話になっていたのです。シスターに、経緯を説明すると、「きっと、それはいいことよ」と、応援していただき、まだ少し迷いがあった私は、このひと言で完全に吹っ切れたのです。

シスターをはじめ、幼稚園のすべての先生方と並行して、もうお1人、お世話になった先生がいます。幼児教室の先生です。

とにかく、年少・年中は、幼稚園がはやく終わってしまうので、長男は、毎日、毎日、手持ち無沙汰。近所で同じ幼稚園に通っているお友達はいなかったので、家に帰ってきても、ぶらぶらしているだけ。このままぶらぶらさせておくのも、もったいないので、週のうち何日かをお世話になることにしました。

ここでは、工作や、読み書き、体を動かすことなど、様々なことを体験さていただきました。とにかく、すべてにおいて、「長男は、経験不足」と指摘される先生からは、これ以降、具体的で的を得た幾つかのアドバイスをいただくことになります。こういう先輩ママでもある先生からの客観的な指摘は、随分助けられたように思います。そのなかで、いまでも明確に覚えていることが2つあります。

1つは、幼少期には、体(お箸やハサミとかの指も…)を適度に動かさないと、大きくなっても、運動能力が発達しにくい傾向があること。もう1つは、小学校3年生のころには、偉人の伝記を与えてあげることです。

長男は、13歳になり、いまでは、バスケのセンターを(身長170センチのおかげ?)任されていますが、いま頃になって、あの時期に、もっと体を動かしていれば・・・と、冗談ぽく振り返っていますw。でも、私からみれば、あのときのアドバイスがなければ、もっと、もっと大変なことになっていたはずです。

だって、当時、道路脇の10センチほどの溝を飛び越えることさえ怖がり、主人がいくら誘ってもキャッチ・ボールは嫌がるし、おもちゃのバットも持たないし、縄跳びに至っては、縄が地面に付いたのを確認してから、ようやく飛び越えていたのですから。

また、数ヵ月のシンガポール滞在から帰国後、息子達の日本語について少し不安を感じていたときには、先生のアドバイスどおり、小学校3年生の長男に、図書館から適当に借りてきた偉人の伝記を与えてみました。興味をもって、次々に読破していく様子を眺めながら、子どもの発達段階には、こういう「敏感期」のようなものもあるのだと、改めて気が付かされたのです。

これから高校・大学受験を経験しなければならないのですが、長男は、幸運なことに、これまで素晴らしい先生方に出遭い、いままで、なんとか無事に成長してきています。

しかし、「英語」に関しては、納得できる環境を全くみつけることはできませんでした。年1回程度、シンガポールへ行っていましたので、「英語」をなんとか身につけさせたいという思いは、年々強まっていたのですが、どのように対応してあげればいいのか、当時は全くわからなかったのです。

いま、幼いうちに英語に親しませたいなぁと思いながら育児をしている多くのママたちが試されていることは、おそらく、同じように私もほとんど試してみたと思います

高額な英語教材(CD・DVD)も買いました。幼児英語教室も、個人規模から全国規模で展開しているようなところまでいくつか通わせてみました。いわゆる「ネイティブ」の方に個人レッスンをお願いしたこともあります。インターナショナル・プリスクールの看板を掲げているところにも通わせてみました。

いまだから言えるのかもしれませんが、どの方法も、当時の長男の「英語力」には、ほとんど影響はありませんでした。「英語」を吸収しているなぁと、少し実感できたとすれば、シンガポールで1週間ほど「サムス」にお世話になっていたときぐらいでしょうか。でも、日本に帰ってくると、たちまち消えてしまいます。

やはり、英語環境が大切なのかなぁ~とか、私達のように英語が得意ではないごく普通の家族では難しいのかなぁ~とか…、幼い間に英語を身に付けさせることは無理かもしれないと、この頃の私は、ほぼあきらめかけていました。

一方、次男の育児は、長男の後を同じように追いかけるだけでいいので、少しは楽かなと考えていたのですが、そんなに甘くはありませんでした。

とにかく、次男と長男は、あまりにも性格が異なるのです。親としての覚悟が問い直されるのは、これからも続くことになります。

私の育児経験を振り返って(3)「シンガポールへ行く前の次男は…」へ、つづく。

http://d.hatena.ne.jp/kobe-ches/20100621#1277105662

モンテッソーリ教育に興味のある方は、この本なども参考にされてはいかがでしょうか。相良先生の本は、新米ママの私にでも、分かりやすく読めましたよ。

幼児期には2度チャンスがある

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